比較軸を自ら提案して情報発信を継続する|AI時代のBtoBマーケティング

支援先であるSaaS企業ミロクリエのWeb集客構成が、この1年で逆転しました。以前は比較サイト経由が8割でしたが、現在は自社サイトが8割です。しかも自社経由で来られたお客様のほうが検討の温度感が高く、契約にもつながっています。

この変化を振り返って私が強く感じたのは、これからのマーケティングで求められるのは、他社が作った比較表に載せてもらうことではなく、比較の基準そのものを提示する側に回ることだということです。
AIが検討プロセスに入り込んだ今、この違いは以前よりずっと大きな差になります。本記事では、なぜそう言えるのかを、AI検索の仕組みと実際の支援事例の両面から書いていきます。
AIは比較軸を持って検索している
まず前提として、生成AIがどのように情報を集めているかを整理します。
AIは質問をそのまま検索エンジンに投げているわけではありません。質問を複数のサブクエリに分解し、それぞれを個別に検索して結果をまとめています。この仕組みはクエリファンアウトと呼ばれます。
クエリファンアウトとは、AI システムにクエリを送信した際に裏側で起こるプロセスです。入力された文言をそのまま検索するのではなく、質問を複数のサブクエリに分解し、それぞれを個別に検索して結果をまとめます。
Ahrefsの解説記事では、東京で一番評判が良いエアコンの掃除業者はどこかと尋ねた場合に、AIが裏側で業者をまとめて比較するクエリやおすすめ10選のクエリも同時に調べていることが紹介されています。つまりAIは、比較するという前提で情報を取りに行っています。
さらにAIは、集めたページをそのまま読むのではなく、情報の断片に切り分けて質問の意図とどれくらい一致しているかを数値化し、関連性の高い部分だけを拾います。抽象的な表現よりも、具体的で明確に書かれた箇所が選ばれやすくなる構造です。
比較軸を出さないと他人の基準で語られる
同じ記事の中で、私が最も重く受け止めたのは次の指摘です。『価格情報がJavaScriptの中に隠れているサイトでは、ChatGPTが正しい価格を見つけられず、G2のような第三者のレビューサイトの情報に頼っていた』という調査結果です。
これは技術的な話にとどまりません。自社が判断材料を明示していなければ、AIは他社が用意した判断材料でその会社を語るということです。
もちろん比較サイトのような第三者サイトで紹介されることは必要です。しかし言及内容が自社の想定と違う場合、自社の強みや選ばれる理由が、AIに表示されません。そうなると想定した顧客が獲得できず、悪いスパイラルに入ってしまう可能性があります。
自社で比較軸を提示する
そこで取り組んだのが、競合との比較を表にまとめたLP制作です。制作会社からの提案でしたが、結果的に最も手ごたえのあった施策になりました。
ミロクルカルテが立てた比較軸は三つです。
- 現場の人の使いやすさ
- データ返却ができること
- 価格(5年単位で比べる)
いずれも、お客様が導入前に実際に迷っている点です。特にデータ返却は、システムを乗り換えたくなったときに、自社のデータを取り戻せるのかという不安に直結します。ベンダーロックインへの懸念と言い換えてもいいでしょう。
ここで大事なのは、自社が言いたいことを並べたのではないという点です。比較軸はお客様の不安から決めました。自社の強みを説明する順序ではなく、お客様が判断に迷う順序で並べたということです。
このLPを公開してからリスティング広告を運用したところ、比較検討段階のお客様に自社の違いを理解してもらえるようになりました。
またAIに設備保全システムの比較を調べさせて参照元を一覧にしてもらったところ、このLPが引用され、ミロクルカルテが推薦されました。もちろんAIの引用は日によって異なるので一例でしかありませんが、ある程度の感触はあったと感じています。
比較軸を決めたのは現場の声
では、その比較軸はどうやって見つけたのでしょうか。結論から言えば、机の上では見つかりませんでした。
私が支援に入って最初にやったのは、顧客解像度を上げる作業です。
- クライアントから徹底的にヒアリングする
- 商談の場に同席する
- 商談の録画を何度も見返す
- 展示会の接客を自分で担当して、来場者と直接話す
- ペルソナとカスタマージャーニーマップを作って共通認識にする
競合についても同様です。Webで調べるだけでなく、営業の場で出た競合の話を共有してもらい、展示会ではブースの見せ方や接客の雰囲気を観察しました。
データ返却という軸は、こうした場で繰り返し出てきた不安から立ち上がってきたものです。カタログを読んでいるだけでは、これが判断を左右する論点だとは気づけませんでした。
希少なのは情報処理ではなく入手経路
AIの登場で、情報を整理する能力の価値は急速に下がりました。公開情報を要約して整理するだけなら、誰がやってもほぼ同じ出力になります。
一方で、Web上に存在しない情報は、AIには絶対に取れません。商談の空気、展示会で足を止めた人がこぼした一言、競合のブースの見せ方。こうした情報はその場にいた人だけが持っています。
AI時代に希少になったのは情報処理能力ではなく、情報の入手経路そのものだと私は考えています。そしてその経路の多くは、オンラインではなくオフラインにあります。
比較の基準を提示する側に回るという話は、格好のいい戦略論に聞こえるかもしれません。しかし実態は、現場に足を運んで話を聞くという泥臭い作業の積み重ねです。そこで集めた一次情報をWeb上に出していくからこそ、読み手の実感と重なり、共感が生まれるのだと思います。
AI時代のマーケティングは一つの施策では届かない
比較LPの話を中心に書いてきましたが、この施策だけで成果が出たわけではありません。
支援期間中に実施した施策は、大きく分けて9つあります。
| 支援時期 | 実施したこと |
|---|---|
| 1〜3か月目 | 顧客と競合のリサーチ、商談同席、展示会接客、導入事例作成、メルマガ運用開始 |
| 4〜6か月目 | バリュープロポジション確立、ホームページリニューアル、展示会改善 |
| 7〜12か月目 | LP制作と広告運用、営業資料刷新、ナーチャリング体制見直し |
| 13か月目以降 | note運用、LLMO対策、YouTube運用サポート |
この結果、自社サイト経由のリード数は前年比5倍以上になりました。ただし、この施策が効いて一気に増えたという実感はありません。
イメージとしては1.2を9回かけ合わせる感覚に近いです。計算すると約5になります。一つひとつは2割の改善でも、積み重ねれば5倍になるということです。
単体の成果では測れない施策がある
わかりやすい例がメルマガです。
導入事例、新機能、月次のアップデート、展示会の案内などを週1回から2回のペースで配信していますが、メルマガから直接お問い合わせにつながったケースはありません。獲得件数だけで評価すればゼロです。
それでも展示会でお会いした際に、メルマガ読んでるよと声をかけられることが増えました。細かく読んでいなくても、このプロダクトは、ちゃんと更新され続けているという認識を持っていただけているようです。
実際、指名検索数は前年比1.5倍、直接流入数は1.2倍に増えています。直接流入の多くはメルマガ経由です。獲得件数では測れない貢献が、別の指標に表れていました。
全体を見てマーケティング戦略を考え実行する
1つの施策単体での成果が出にくい以上、BtoB企業のマーケティング戦略は全体を見て考える必要があります。
- 顧客ニーズ、競合の特徴、自社の強みなどの情報を集める
- オウンドメディア、SNSなどで情報を発信していく
- 取材、セミナー登壇など露出を増やしていく
全体を見た戦略を描き、それを実行していくこと。それこそが今後のBtoBマーケティングには求められると考えています。
有益な情報を様々な場所で発信し続けることの重要性
特にBtoB企業のマーケティング支援をする場合、有益な情報を様々な場所で発信し続けることの重要性が、今後より高まっていくと考えています。有益な情報とは、専門分野に関する最新情報やそれに対する意見のことを指します。
顧客サイド
- 有益な情報を様々な場所で発信し続ける
- 顧客が何度も自社の情報にアクセスする
- 自社のプロダクトのいいところを知り、お問い合わせにつながる
AIサイド
- 有益な情報を様々な場所で発信し続ける
- セミナー・取材・書籍などWeb上に第三者が発信した自社の情報が増える
- 自社の情報をAIが取り込んでいく
- 自社を推薦しやすくなる
有益な情報を様々な場所で発信し続けることは、顧客から見てもAIから見ても必要な行為です。このサイクルを回すことが、今後AI時代に求められるマーケティングだと思います。
前提としてプロダクトは重要です
最後に、どうしても書いておきたいことがあります。ここまで紹介した施策がうまくいったのは、そもそもプロダクトが優秀だったからです。
現場で定着して使い込めるUIとUX、規模を問わず顧客の声を拾って頻繁に行われるアップデート、ベンダーロックインをしない設計、無駄を削ったうえでのリーズナブルな価格。比較軸として立てた三つは、いずれも実際に胸を張れる部分でした。
比較の基準を自分で提示するという戦略は、提示した基準で本当に選ばれる中身がなければ成立しません。
支援先からいただいたコメントに、こんな一節がありました。
現在は市場が拡大し競合も増え、お客様自身がAIも使って情報収集と比較をした上で問い合わせてくださる時代です。求められるのは、情報をつまびらかに開示し、競合と比較したときの本質的な違いを伝えていくマーケティングに変わっています。
情報を開示できるかどうかは、最終的にプロダクトへの自信の問題です。この前提を抜きにして手法だけを真似ても、おそらく機能しません。
まとめ
この1年で得た実感を、あらためて整理します。
- AIはクエリを分解し、比較を前提に情報を集めている
- 自社が判断材料を出さなければ、他社が用意した材料で語られる
- 比較の基準は、現場で顧客と競合に触れることでしか見つからない
- 全体を見てマーケティング戦略を実行する
- そのすべての前提に、強みを開示できるプロダクトがある
指名検索数が1.5倍になったという数字を、私は最も重く見ています。指名で検索されるということは、そのプロダクトが比較対象の一つではなく、独立した検討対象として認識され始めたということだからです。
比較の基準を提示する側に回る。そのために現場で情報を集め、集めたものをWeb上に出していく。出したものが誰かの実感と重なれば共感が生まれ、また次の情報が集まってくる。
地味な循環ですが、AIがどれだけ賢くなっても、この入口だけは人間が足を運ぶしかないのだと思います。

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